アザミミチナミダミチ

オレンジ

もしもあたしが、漫画やゲームなんかに出て来るような、特別な力を持っていたとしたら、あたしはこの世界を躊躇無く滅ぼす。特別な力というものが、もしも本当にこの世界に存在するのであれば、それは必ずあたしの手の中にあるべきはずで、あたしは選ばれし人間でなければならない。

だけど、どうだろう? あたしには特別な力なんか無いし、あたしはごく普通の平凡な人間として生きている。特別な力というものは存在しないのか? それはわからない。

でも、特別な人間として扱われている人間が存在するのは事実で、それは例えばトリックかもしれない超能力であったり、並外れた運動神経であったり、整った顔立ちやスタイルなんかを持っている人だって特別扱いされている。

でも、あたしには何ひとつとして特別な部分が無い。あたしは特別な存在であるべきはずなのに、あたしは特別ではない。……だからあたしはこの世界が嫌い。あたしを選ばなかったこの世界が嫌い。

そして、特別ではない自分が嫌い――。

だからあたしは、この世界を破壊したいんだ。壊してやりたいんだ。だけど、あたしにはこの世界を滅ぼすような力なんて無い。足掻いても爪痕すら残せやしない。それがとても悔しい。

雑踏の中の人々は、誰もあたしを見ていない。あたしは人々の中で風景の一部であり、人々はあたしが目に入ってもなんとも思わない。何か思うとしたら、きっとこうだろう。

「幸せそうな女の子だ」

と。

何故ならあたしはiPodから零れ落ちる軽快なリズムと共に、楽しげな顔で、軽やかに歩いているのだから。でも、真実のあたしは笑顔で世界を憎んでいる。

 街行く人は、誰もそれを知らない。
 誰もあたしの真実を知らない。

あたしも街行く人の真実なんて、知らないしね。

地上では人々が大きな波を作り、空には無数の蝙蝠達が暗雲を作る。人々はどこから来てどこへ向かい、蝙蝠達はどこから来てどこへ向かうのか。ただ無数の者達が、ひとつの固まりのように動く。人々がゴミくずのように流れる中をリズミカルに歩きながら、あたしはある場所を目指していた。

人の波をかい潜り、ただひたすら……。これはあたしが高等な生き物であるという、ひとつの証明なのだから。



あたしが今居るのは、とある建物の屋上。ここから見下ろすこの世界は小さな箱庭のようで、あたしにつかの間の支配者気分を味わわせてくれる。車も、建物も、色々なもの達があたしの掌よりも小さい。

「止まれ」

おもちゃみたいな赤いスポーツカーを指差しながら、何とは無しに言ってみる。……やっぱり止まるはずはない。あたしはこの世界の支配者でもなんでもない、ただの平凡な人間なのだから。

解っているはずなのに、なんだかとても悲しくて、瞳が潤み、視界が歪む。ぼやけた小さな箱庭が、黄昏れていく。世界が神によって染め上げられる。

あたしは涙を振り絞るように、瞳を堅く閉ざした。あたたかい涙が頬を伝い、生温い風が髪を揺らす。

目を開けると、そう、それは完璧なオレンジ。この世界はこんなにも綺麗。

あたしはこの世界でとても小さい。

……だけど、この完璧なオレンジ色の空の中でなら、あたしは無限の力だって、得られると思うんだ。だって、今この世界はあたしから見てもとても美しいから。

今のあたしの背中には、きっと翼がはえている。

――あたし、今なら空を飛べるかもしれない。あたしはオレンジの夕日の中、ビルの屋上から真っ逆さまに飛び立った。

-END-

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