アザミミチナミダミチ

合体-1

六畳の畳は茶色くなってささくれだっれいて、その上には雑誌や、自分でもよくわからないものが散らばっている。小さなテーブルの上には昨日食べ残した弁当のゴミと、uccの空き缶が四本。そのうちの一本は倒れていて、テーブルに茶色い染みを作っていた。その横には小さなガラスの灰皿に、セブンスターの吸殻がこぼれそうなくらいに詰まっている。そんな部屋にはおよそ似つかわしくない大きなベージュのソファー。その上に、俺の彼女は座っていた。

彼女はいつもこの部屋のこの場所で、微笑みながらもどこか冷たい目で遠くを見ていた。そんな彼女の瞳を覗き込みながら、俺はふと、つぶやいた。

「君は俺にとっては最高の彼女だけど、他の男にとっては最低の女だろうね」

彼女は何も答えない。いや、答えようがない。なぜなら俺の愛する彼女は、性欲を注ぎ込むために作られた人形なのだから。所謂ラブドールというやつだ。シリコンでできた高級な人形。綺麗だが、生身の女ではない。しかしそれでいい。きっと他人には理解されないだろうが、俺は彼女を愛している。



――なぜ君が俺以外の男にとって最低の女のなのかって、確かに君は見た目は綺麗なんだ。人形が美しいのは人形であるが故、なんて言うくらいだし。整った顔の造形、豊かな胸、くびれたウエスト、尻の形といい太股のラインといい脚の長さといい生身の女にはちょっといないだろう。人形には人間の理想が込められているのだから、美しくて当然だろう。

そんなに美しいのなら、他の男にとっても最高の女になり得るんじゃないかって? いやぁ、どうだろうな。君の躰は女の肉ではなくシリコンだろう? シリコンというのは、それなりには柔らかい。が、その柔らかさは生身の女の肉の柔らかさと比べたらどうだ。月とスッポンだ。女の柔肌の感触を想像して触ろうものなら、大抵の男は想像とは違う感触に愕然とするだろう。

そして、血の通わないシリコン人形である君の肌は、冷たいんだ。抱きしめればそこにあるのは温もりや鼓動ではなく、ただ、冷たいシリコンの感触。少しでも人肌に近づけるために予め電気毛布にくるんで温めておいたりもするけど、人間サイズのものだから温まるのにかなり時間がかかる。そして当然のことながら、電気毛布から取り出せばそのぬくもりは徐々に冷えていく。血が通っていないのだから仕方のないことだが、な。

それから、君は物静かなのはいいけど、ちょっと手がかかるからね。



まず、彼女の髪を美しく保つためには鬘の手入れをしなければならない。人間の女ならば自分の髪の手入れくらい自分でするもんだが、人形にはそれができない。かと言って、やらずにいれば次第に君の魅力はなくなっていくから、俺がやるしかないわけだ。

彼女の栗色のセミロングの髪に専用のスプレーをかけ、俺は櫛で丁寧に梳かす。これが簡単そうに見えてなかなか気を使う作業なんだ。鬘の毛というのは絡まりやすい。特にラブドールを実践に使うと確実に鬘の毛が絡まってしまう。だから梳かしてやるんだが、絶対に根元から梳かしたりしてはいけない。毛先の方から何度も段階に分けて溶かす必要がある。また、やさしく櫛は浮かせ気味に。ほら、鬘というのはネットに毛を植えてあるからな。浮かさないと櫛が刺さってしまうんだ。俺は少しずつ段階に分けて、彼女の髪を梳かしていく。

しかし、俺だって最初から鬘の手入れ方法を知っていたわけじゃない。俺は自分の髪なんて洗ったらタオルでガシガシ拭くだけの男だからな。失敗とそれによる学習によって身につけたわけで。最初の頃の俺は鬘の根元に櫛を入れ、そしてそれを思い切り下に引っ張っしまったんだ。なにか引っかかる感触はしたものの、力ずくで絡まりをほどいてやろうというくらいの気持ちだった。が、無残にも鬘の毛が一束抜け落ちてしまった。あれは酷い事をしたと、未だに思う。

そんな悲しい失敗による学習の甲斐もあり、今ではきちんと鬘の手入れができるようになったが、ラブドールを実践に使う限りはどんなに鬘を手入れしても鬘は消耗品だ。やはり、行為時の摩擦などでどうしても毛が絡んでしまい、丁寧に手入れしてもどうしても摩耗していく。そこは諦めるしかない。人間の女が髪型を変えてイメチェンをするように、イメチェンだと思えばいい。

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