アザミミチナミダミチ

合体-4

彼女は首が取り替えられるようになっているんだが、そのジョイント部分が経年劣化で緩んでいることもあり、昔はそうでもなかったんだが、最近は行為中に時々こうして外れてしまうことがある。さすがにこうして行為中に首が外れてしまうと、俺でも正直萎える。

首が外れるのは俺の彼女がやや古い型のラブドールだからかもしれない。古いとは言っても彼女と過ごした日々はまだ数年だが、その間に各メーカーから新作が発表され、彼女の顔は廃盤になったから、彼女はもう古いドールなのだろう。最近のものは改良が加えられていて行為中に頭が外れることがないらしいが……改良された分うちの彼女とは接合部分が合わなくなったし、ラブドールは値段が高いからそう頻繁に買い換えることはできない。

まぁ、いいんだ。俺は彼女を愛しているんだから。彼女がその冷たい瞳で変わらず微笑み続ける限り、俺は彼女を愛し続けるよ。愛した人形がいつか魂を持って動き出すなんていう、陳腐な夢物語なんかを俺は求めちゃいない。俺が愛しているのは、人形の彼女だけ。彼女はただその冷たい瞳で、遠くだけを見つめていればいい。俺を映さずに。



俺は、美しい女が好きだ。そして何よりも、その瞳に俺を映さない女が好きだ。

それに気づかされたのは、そう、あの女と付き合った時、その時俺は高校生だったな。あれは綺麗な女だった。冷たい目をして、どこか男たちを見下していたっけ。そんな彼女と俺が何故付き合い出すことになったのかだが、最初は彼女にとってほんの遊び心……いや、単に俺のことを体よく利用するつもりだったんだろう。彼女は自分が魅力的な女であるということをよく知っている女だったから。彼女のその瞳には俺は映っていなかったし、俺のことが好きではないことくらいはすぐにわかった。

でも、俺はそんな彼女が好きだった。彼女は気まぐれで、わがままで、それから金のかかる女だった。そんな彼女と付き合っていくのは正直大変だった上に、彼女が俺を好きではないことは付き合ってすぐにわかったものの、俺はその理由とゆうのを後に知ることとなる。

ありがちな話ではあるが、彼女には他に好きな男がいて、彼女の瞳はその男を追いかけていた。そして、これまた在り来りな話で、彼女は失恋し、そのプライドは打ち砕かれる。少しばかりモテて調子に乗っていた小娘が失恋した途端に自信をなくして急にしおらしくなってしまうのもこれまた在り来たりな話。

ただ、急にしおらしくなった彼女が俺にすがりつくような目で泣きついてくる……なんてのを、俺は求めちゃいなかった。彼女の周りには他にも男は山ほどいたが、俺に泣きついてきたのは……単純に一番泣きつきやすかったのが俺だったのかもしれない。ただ、泣きつく彼女の目は、確実に俺を見ていた。

その、すがるように上目遣いで俺を見つめる彼女の目を見ている時に、俺の中の彼女への気持ちが急激に冷めていった。あぁ、俺は、俺を見ていない時の彼女が好きだったんだ……ってな。

だから俺は、涙目ですがりつく彼女を振った。

俺が振ったとしても、彼女は他にも沢山の男に囲まれていたし、彼女は綺麗だから、いずれなくした自身も取り戻すと思う。興味をなくした女に義理や同情で付き合うのもそれはそれで失礼だと思うしな。



それから時が経ち、たまたま暇つぶしにネットをしている時だったか、ラブドールの方の彼女……君を見つけたんだ。風船人形みたいなダッチワイフしか知らなかった俺はその精巧な出来に興味が惹かれた。無論、買うつもりなど毛頭なかったが。

そう、君に出会うまでは。

ふと、あるページで、彼女を見つけたんだ。俺の高校時代を象徴する彼女を。いや、そこに本当に彼女が載っていたわけではなくて、俺がそこで見つけたのは、彼女によく似た人形……ラブドールだった。

それは俺にとって衝撃的な出会いだった。心というものを持たないこっちの彼女だったら、俺を失望させることもないだろう。そう思ったときに、俺は人形の彼女を……君を愛そうと思った。しかし、俺は本当に、人形というものを愛することができるのだろうか? それを確かめるべく俺は田舎から高い交通費を払ってショールームで君と同じモデルのラブドールを見に行ったりもした。

ショールームでは当然行為をすることはできないが、試しに胸を触ることくらいは出来る。そこで初めてラブドールの胸を触って、その冷たく硬い感触に俺は少しばかり失望する。そう、その胸は形こそ美しいが、人間の女の胸の温かく柔らかい感触とは似ても似つかないただのシリコンの塊でしかなく、これを乳だなどとは到底思えなかった。

しかし、そのどこか遠くを見つめ続ける、俺を決して映さないその瞳にはどこか惹かれるものがあった。その時俺は決めたんだ。たとえ君が冷たいシリコンの塊であろうとも、空っぽの君を心から愛そうと。

俺は君が空っぽの人形だから、君のことを愛しているんだよ。

さぁ、もう一度最初から仕切り直そうか。今度は首が外れないように、そっと。

-END-

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