アザミミチナミダミチ

穴-1

あたしはただの穴。欲望を注ぐ穴。

行為を終えた途端、男は無言で服を着始めた。先程まであんなにも優しかったというのに。あたしは所詮ただの穴でしかなく、男の優しさは目的を果たすためのただの手段だったという、それだけの話。そんなこと、最初から解っていた筈なのに……。あたしはひとりになった後、静かに涙を流した。

あたしの心には穴が空いている。それがどうしてなのかは解らない。ただぽっかりと、心を空虚にする穴が口を開いていて、あたしを無性に寂しくさせた。寂しいから、求めてしまう。躯の穴を埋めても、心の穴は埋まりはしないというのに。

むしろ、あたしはセックスなんて好きじゃない。だって、その行為こそがあたし自身をただの穴だと知らしめる行為なのだから。それでもあたしが男を求めてしまうのは……目的を果たすまでの男という生き物は、こんなあたしに優しくしてくれるから。穴であるあたしをほんの一瞬忘れさせてくれるような、そんな夢が欲しいから。



ひとりになったあたしは、また新たな男を探す。あたしは出会い系サイトを開いて、あたしに一瞬の夢を与えてくれる男を探した。何人かとメールをし、その中から逢う男を絞り込んでいく。ひとりの男からメールが来た。

「手っ取り早く最初に聞いておくけどさぁ、キミはヤれる娘? ヤれないんなら会う意味無いんだよねぇ」

……あたしは、棒が欲しい訳じゃない。そりゃあ、あたしは多くの男にとってただの穴でしかなく、それくらい自分自身でちゃんと知っているけれど、だけど、夢くらい見させてほしい。穴であるあたしは、夢すら見ちゃいけないの?

あたしは携帯を閉じて、ため息をついた。この男にメールは返さない。他の男に期待しよう。

ほんの一瞬で良い。ほんの一瞬で良いから、あたしがただの穴だって事を、忘れさせて。そんな甘い夢を見させて欲しいの。勘違いして彼女面なんてしないよ。あたしは自分がただの穴だって事、自分で知っているからさ。 だからあたしに儚い一瞬の夢を頂戴。そしたらすぐに、あたしは股を開くから。

だってそれが、あたしの役目だから。あたしにはそれしかできないから。だから……誰かお願い。あたしに夢を見させて。

古いアパート。散らかった、狭くて汚いこの部屋で、あたしは一心不乱に携帯を弄る。メールを打つ音がやたらに大きく聞こえた。

「どこに行きたい? どこにでも……っていうのは財布の都合的に無理だけど、できるだけ希望は叶えるよ。ご飯もおいしいもの食べさせるからさ」

この人良さそう……。メールのやりとりでいやらしい内容は一切無かったし、少なくとも、行為が始まるまでは楽しい夢を見させてくれそう。次に逢う人はこの人にしよう。

さて、どうしようかな? 相手に任せるのが簡単なんだけど、ソレをやると「じゃあラブホで良い?」なんて返事が来て一気に夢から覚めちゃったりするし……。とりあえず、映画を観てそれから食事……で良いかな。映画は面倒かな? サクッとヤりたがっているような男って、こういう手間をめんどくさがるからさぁ。

まぁ、良いや。返事をしよう。あっさりとデート内容が決まり、話題の映画を観に行く事になった。

どんな人だろう? 一応写真の交換はしたけど、良くて奇跡の一枚、ネットで拾った他人の写真の可能性もあるからさ。別に夢さえ見せてくれれば、イケメンである必要はないんだけどね。ただ、ここで他人の写真を使うような男は、あたしに楽しい夢は見させてくれない。

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