アザミミチナミダミチ

穴-2

約束の場所に現れた人は爽やかな笑みを浮かべる好青年。ファッションセンスは今ひとつ垢抜けない感じもするけど、とにかくいい人そう……といった感じの人だった。

映画を観ながら、静かに涙を流す彼の横顔。その涙は清らかなものに見えて、彼を純粋な人だと思わせた。ただ、純粋な人が出会い系なんてやるのだろうか?

ご飯はなんだか小洒落た雰囲気のお店で、ただの穴であるあたしには、なんだか勿体無い気がして申し訳無いとすら思ってしまう。甘い夢を求めているはずなのに、いざそんな夢を目の当たりにすると、体が固まってしまうあたし。食事をしながら映画の感想を言い合うだなんて、なんだか普通のデートみたい。

食事を終えた後は、「今日は凄く楽しかった。それじゃあ帰ろうか」なんて、素朴な笑顔で言っているし。思わずあたしは「え?」と、聞き返してしまった。彼は、あたしの穴を使う為に来たんじゃないの?

「ちゃんと送って行くよ。大丈夫。送り狼になったりはしないよ。心配なら、家より少し離れた場所までにしておくからさ」

好青年オーラをいつまでも崩さず、爽やかにこう言う彼。彼が言っている言葉の意味が、あたしには理解できなかった。何故あたしの穴を使おうとしないの? あたしには穴としての価値すらないの?

……きっと彼は、本当に好青年なんだと思う。あたしの事を、ただの穴ではなく、一人の対等な女性として接しているんだと思う。だけど、ただの穴としての扱いしか受けてこなかったあたしだから、その当たり前の扱いに、止めどないくらいの不安を覚えていた。

ああ、あたしは穴である自分が大嫌いで、そんな自分を否定したいというのに、あたしはどこまで行ってもただの穴でしかない……。あたしの穴が使われないという、ただそれだけの事で、こんなにも不安になるなんて。あたしはこのどうしようもない不安を掻き消すために、彼の腕を取り、言った。

「もう、帰っちゃうの?」

「え? 他にどこか行きたいとことか有った?」

表情から察するに、解っててはぐらかしている訳ではなくて、本当に素で解らないみい。あぁ、まどろっこしい男。

「この意味解らない?」

そう言ってあたしはしなだれかかる

「それって……」

やっと通じたみたい。最後の行き先はラブホテル。結局あたしは自分で夢を壊して、自分から穴に成り下がった。そしてする事は別に気持ちよくもない、ただの行為。

どうしてだろう? 穴である自分が大嫌いな筈なのに、何故あたしは自分から穴になってしまうのだろう? あたしはただの穴なんかじゃないって、思いたい筈なのに。

行為が終わった後、彼はぽつりと言った。

「俺、普通に彼女がほしくてさ、何度かデートして、それから付き合ってって思ってたんだけど。会ったばかりの男とすぐにヤりたがるような娘とは付き合ったりできない」

でも、とりあえずヤることはヤるんだ……。なんて、わざわざ口に出したりはしないけど。代わりにあたしは「そう」とだけ答える。そしてあたし達はラブホテルを後にした。



狭くて散らかった、あたしのアパートに帰りつくと、途端に押さえていた感情が吹き出すみたいに涙が零れ落ちた。あたしは一体どうしたいんだろう? 考えても答えは見つからない。

良いんだ。あたしは所詮ただの穴でしかないもの。穴は穴らしくいれば良い。あたしはひとしきり泣いた後、携帯を開く。さぁ、次の男を探そうか……。

-END-

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