――あたしは今の今までつまんない思い出話をずっと聞いていた彼におどけて見せた。
「いえ、オレは素敵だと思いますよ」
「そう? 結局あたしは誰とも結ばれないまま子供も産めない歳になっちゃったのよ? あたしの両親はずっとあたしをバカ娘だと言っているわ」
両親に孫の顔を見せられなかったあたしは親不孝者でもある。あんなに心配してくれたのに……。
「生き方は人それぞれですよ。オレは結婚して子供を産むだけが人生じゃないと思ってますから。それにしても、愛した人たちが次々と夢を叶えるなんて凄いですね! もしかしたら、喋っただけだけどオレにもご利益があったりして!」
……そう言えば、お隣にいたおじさんもあたしを天下一のあげまんだと言っていたわね。あたしはそうは思わないんだけど。
「ご利益って。あたしの愛した人たちがたまたま才能の有る人だっただけよ。あたしのおかげじゃないわ。それにしても、ご利益を期待するなんて、あなた、何か夢が有るの?」
あたしがたずねると、青年はゆっくりと語り始めた。
「最近、住んだ後の心地よさよりもぱっと見のオシャレさや目新しさばかりを重視した家が増えてるんです。流行だし、本当に見た目はオシャレだからそういう家ほど売れるんですけど、住んだ後に色々な不便さに気付く人が多いんです」
それから青年は、あたしに宣言するかのようにこう続けた。
「オレ、何よりも住む人がずっと心地良いと思ってくれるような、そんな家を造れる人間になりたいんです!」
青年の夢を語るその目は、何よりも輝いていた。
「頑張ってね。あなたがそんな家を造ったら、あたしはその家を買って、老後はその家に住もうかしらね。あたしの老後に間に合わせてね」
これはあたしなりの冗談だったんだけど、青年は真っ直ぐな目であたしを見て言ったわ。
「はい! きっと! きっと素晴らしい家を作ります!」
青年と別れた後、あたしは思いを巡らせた。五十過ぎと言えば、子供が成人して、孫のいるような年齢。お年寄りと呼ぶにはまだ早いけれど、おばちゃんからおばあちゃんに片足を突っ込んでいるのは事実で、それなのにあたしはずっと過去の思い出を引きずっていて。そんな思い出の沢山詰まったアパートも、今日、なくなってしまった。
けれど、あの青年の目を見て、気付いたの。あたしは世間で言う女の幸せは手に入れられなかったけど、思い出のアパートも取り壊されてしまったけど……あの青年のような夢見る若い瞳がこの日本に溢れているならば、あたしもきっと、前を向いて生きて行けるってね――。
-END-