アザミミチナミダミチ

木造平屋のアパートにて-19

あたしはよく知らないんだけどさぁ、画壇内にも派閥なんかが有って、その力関係なんかも有利不利に関わるみたいなのよ。お偉いさんに気に入られたからね、彼は良い位置に着けたみたいね。

まぁ、画壇内のルールで毎年一枚100号っていう、絵画のサイズとしては巨大というほどでもないんだけど、彼が今まで描いてきた絵に比べると圧倒的に大きな絵を描かなきゃならなくてってさぁ、 「こんなクソバカでっかい絵なんかどうすんだよぉ~。どこで描けっつうんだー?」 なぁんて愚痴っていたけどね。そうね、100号といえば横幅なんてあたしの身長より大きいんだもの。彼のアパートはアトリエなんて言える場所じゃないしさ、持ち運ぶには重いし、一人暮らし向けの狭い部屋で描くには大きすぎるサイズだったものね。

それにしてもさぁ、トントン拍子過ぎてちょっと不気味なくらいよ。そのバカでっかい絵を描いている間、あたしは時々様子を見に彼のアパートに行ったり、彼も何故だかあたしのアパートに顔をのぞかせるようになったりしてね。まぁ、何て言うか、その前に彼の部屋を掃除したりだとか、一緒にお偉いさんをお迎えしたこともあってね、その絵を描いている間にちょっと距離感が変わってきたってところかしらね。

でも、彼は画壇のルールで描かなきゃならないバカでっかい絵を仕上げた後、ふらーっとどっか行っちゃったのよ。あたしにあのツケも払わないでさぁ。

しかもアパートの鍵をしめずによ? 最初は外出と思ってたんだけど、いつ行ってもいなくてさぁ、なんとなく不安に感じ始めた頃にまたふらーっと戻って来て、あたしに絵を見せてきたわ。

「これ描きにいってたんだー」

どうやら絵を描くための旅だったみたい。彼らしい素敵な絵を沢山見せてくれたわ。そんなこんなで、彼は少しずつ彼なりの地位を築き上げていったの。画廊を借りて個展なんかも何度かやったわね。彼が画家としてある程度有名になる頃には、あたしも彼という人がなんとなくわかってきて、彼が突然ふらりと旅に出ちゃうような人だってわかったの。ふらりと出かけて行っては、新しい素敵な絵をあたしに見せてくれたわ。



でもね、ある時、彼がふらりと出かけて行って……随分長く帰って来ないのよ。鍵もかけず、荷物だってそのままだったから、きっといつか戻ると思っていたんだけど……。季節が変わっても、年が変わっても、一向に彼は帰らなくってね。

その間にも彼は新たな作品を発表していたから、きっと元気なんだろうけど。元気なんだろうから、あたしは待っていたのよ。彼の事をね。

……そしたら、こんなおばちゃんになっちゃったって訳。生理もあがっちゃったし、あなたくらいの歳の子がいて、孫だっていておかしくないような歳よ? いやね、何度かこのアパートを出ようかと思ったんだけどさぁ、このアパートは、あたしが愛した人たちと、沢山の夢を見たアパートだったから、離れがたくってねぇ……。結局取り壊されるまでここに居て、取り壊しをずっと眺めてるって有り様よ。バカみたいでしょう?

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