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小さな城、林檎とあたしはふたりきり-3

林檎はその美しさを永遠に保つことはできない。たとえ、あたしが囓らなかったとしても、すぐにその美しさは消えてなくなってしまう。だからこそ、この林檎は美しいのだと思う。あたしはこの林檎の美しさが消えてなくなる前に、この林檎を食べてしまうべきなのだろうけれど、どうしても、それができなかった。

この林檎を買った日から、何日が経ったかな? あたしは相変わらず部屋にこもって、あたしの集めたキレイなもの達、そして、新しい宝物であるこの林檎を眺めて過ごしていたんだけど、林檎はあの日の美しさをなくしてしまっていた。 艶やかに張り詰めていた皮は、水分を失ったのか艶を失い、細かな皺がより、心なしか色もくすんでいる。 林檎はもう、キレイではなくなってしまった。

美しくなくなったのなら、それを捨てて新しくキレイな林檎を買えば良い。この林檎はもう、美しくもなければ食べる価値もないのだから。 ただそれだけの事なのに、何故だか今のあたしにはそれができなかった。醜いものは嫌い、そのはずなのに、あたしは美しさをなくした林檎を見つめ続けていた。



さらに数日が過ぎて、林檎は所々茶色く変色し、その部分は嫌な柔らかさを感じさせ、あの日とは違う不快な臭いを放っていた。 それはとても悲しい事で、見ていると涙が零れるのに、それなのにあたしは林檎を見てしまう。

あたし自身もすっかりやつれてしまった。鏡の中にいるあたし、艶やかで美しかった黒髪のボブは光を失い、黒い瞳の輝きも失ってしまった。頬はこけてしまい、肌もかなり荒れている。あぁ、とても醜い。何か食べるべきなのだろうが、今まで以上に汚い外に出る事が嫌で、動くのがとても億劫に感じた。 まだ動けるし、まだ死にはしないから、本当に死にそうになったらその時に外へ出て食べ物を買って来れば良いもの。 だから、あたしは今日も部屋の中、頬に涙を伝わせながら、林檎を見つめ続けるの。



さらに幾日か経って、林檎は完全に紅い色をなくし、不快な臭いは部屋中に届く程に強くなった。 そしてあたし自身も、恐ろしくて鏡は見れないけれど、見えてしまうあたしの躯は、骨そのものの形がはっきりと判ってしまう。 そろそろ何か食べなければならないのだろうけど、トイレに行くのがやっとで、外には出れそうにない。

――そうやって、この小さな小さな城の中で過ごしているうちに、林檎はその形すらなくしてしまった。半分溶けて歪んだ林檎があたしを見下ろす。

あたし自身もとうとう動けなくなってしまい、今のあたしはトイレに行く事すらままならない。 食べていなくても生きている限り排泄する。……という、その事実が憎い。 あたしはキレイなものの溢れるこの部屋で、腐った林檎に笑われながら、自分自身の出したものに汚されていく。 林檎の放つ臭いよりも、より強い臭いが部屋を支配する。

できる事なら、早く意識を手放したい……。



-END-

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