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小さな城、林檎とあたしはふたりきり-2

キレイな果物を求めて視線をさまよわせていると、林檎が目についた。 よく見かける品種の林檎の横に、普段は見かけない品種の林檎がならんでいた。 それはよく見かけるものよりも一回りほど小さく、深く艶やかな紅い色をしていた。その艶やかな深い紅の中にほんのうっすらとだけ黄みがかった濃淡が渦巻いているのは、紅い宇宙とでも表現したくなるような、そんな美しさだった。

隣のよく見かけるものはあまり艶がなく、それよりも薄い赤色で、黄色の斑模様。同じ黄みがかった模様でも、こうもはっきりと斑になっているのは美しくない。全体はほぼ艶やかな真紅でありつつも、生命の息吹を感じさせる程度にだけほんのりと濃淡があるのが美しい林檎の姿だとあたしは思うの。 もう一度その林檎に視線を移し、改めて眺める。

「キレイ……」

見比べれば見比べる程、その林檎は美しく思え、あたしは思わず言葉を発しながら、その林檎を手に取っていた。あたしの白く細い指に、紅い林檎が映えて、林檎はより美しく見える。

「お客さん、そのリンゴ生で食べるの?」

キレイな林檎を手に取ったあたしに向かって、店員の女性が話し掛けてきた。年齢は五十代くらいだろうか? 年齢にその身を任せて今日までまで生きてきたのであろう、とても醜い女性だった。

「そのリンゴ、色は濃いけど味はすっぱいよ。お菓子作ったりするには酸味がある方が良いんだけど、そのまま食べるんなら、ほら、こっちのリンゴの方が甘くておいしいよ」

彼女は言いながらよく見かける品種の林檎を指差す。その指から繋がる手の甲にはいくつもの染みができていて、あたしに老いという醜さを見せ付けていた。

「良いんです。この林檎はとてもキレイだから」

「そうかい。あたしゃ、こっちのがおいしいと思うんだけどねぇ」

まだ執拗にそう言う彼女の顔は、親切そうに笑っていたけれど、あたしはその醜さを……。 いくつもの染みが踊る皺だらけの肌を……。 それを縁取る染まりきっていない白髪にセンスのかけらも無いパーマをあてた髪を……。 見ている事ができなくて、何も言わずに速足でレジへと向かった。

レジを打っている店員も、やっぱり醜い女性だった。乾ききった肌、それを無理やり隠すかのように厚く塗ったファンデーション。しかし、それは明らかに肌から浮いていて、余計に彼女を醜くしている。さらに、笑った口許からは金歯が覗いている。肌の老化を気にするくせに、前歯に金歯を入れることを気にしない神経がわからない。全く、 何故こうも醜い人々とあたしは関わらなくちゃいけないの? だから外は嫌い。

あたしは手早く会計を済ませ、店を出た。店を出てからも目に見える風景も行き交う人々も皆一様に醜くて、あたしを苦しませる。お願い。あたしの視界に入って来ないで……。そう思っても無駄だって事は解っているから、あたしは帰りを急ぐ。急いでも急いでも道程は長く感じて、気ばかり焦った。



やっと帰り着いた。小さな小さなあたしの城。まばゆい宝石や、色鮮やかな絵画があたしを迎えてくれる。 ここにはあたしの愛するキレイなもの達だけしかない。 あたしの世界は外では無くてここ。

この部屋のキレイなもの達を眺めて、心が落ち着いてきたから、あたしは買ってきた林檎を食べることにした。艶やかで深い紅。 すごくキレイ……。唇を寄せると甘酸っぱい香がたって、それはこの部屋にある他のものとは違う、『生』というものを感じさせる美しさだった。齧ればたちまちその美しさは無くなってしまう……。 なんだか勿体なくて、あたしには齧ることができなかった……。

今日何も食べなかったとしても、それですぐに死んでしまう訳ではないから。 だからあたしは林檎を食べないことにしたの。 あたしの集めたキレイなものたちの中に、その林檎は加わった。今日からこの林檎はあたしの大切な宝物。 この小さな小さなあたしの城で、あたしは林檎を眺め続けた。

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