アザミミチナミダミチ

小さな城、林檎とあたしはふたりきり-1

壁に飾ってあるのは天使たちの遊ぶ絵、その横には細工にこだわった造り付けの飾り棚、その棚には透き通った光を放つクリスタルガラスの天使やペガサス、眩い宝石を纏った猫に、細やかな装飾の施されたジュエリーボックス、その中にはキレイな夢を詰め、調度品だって美しいものを。 あたしの選んだキレイなもの達だけに囲まれて生きられたら、それはあたしにとって素晴らしい幸せなの。

外は嫌い。 外は汚いものであふれているから。 あたしの好きなものだけしかないこの部屋にずっといたいけれど、何かを食べなきゃ生きられないし、食べ物が自動的に出て来たりはしないから。 だからあたしは仕方なく、今日も買い物へ行く。

鏡の前には艶やかな黒髪のボブに、雪のように白い肌、輝く黒い瞳のあたしがいた。あたしの黒髪は絹糸よりも美しいし、あたしの肌は磁器よりも綺麗。あたしの瞳は黒曜石よりも神秘的な輝きを放っている。今日もあたしはやっぱりキレイ。灰色リスの筆でお化粧をしたら、さぁ、出かけようか。



外へ出た途端に空を覆う送電線が目に付いた。そして、その次の瞬間に目に入ったのはそれを支える沢山の灰色の柱。その柱には、違法な広告があれこれと貼り付けられ、それが雨や日差しで劣化して、ふやけて固まっていた。なんて醜いんだろう。景色の醜さだけじゃない、人というものの醜さを感じさせる風景だもの。

それから、通り道にあるアパートのゴミ捨て場に視線が行く。鼻につく、ゴミ捨て場特有の臭いにあたしは顔をしかめる。やはりどこのアパートにも決まりを守らない住人がいるようで、回収されずに残っているゴミが汚さに拍車をかけていた。そのゴミはカラスか野良猫につつかれてしまったようで、袋が破れていてゴミ捨て場はひどい有様だった。

その時、あたしの前に人が通りかかる。大きなゴミ袋を片手に掴んだ若い男。大きなスウェットを引きずりながらだるそうに歩いている。ゴミを出すような時間ではないと思うんだけど、こういう常時設置のゴミ捨て場には、朝捨てない人もいるようだから。そういう人みたい。

それにしても、なんて醜いんだろう。引きずったスウェットの裾はすっかり破れてしまっているし、ゴミがまとわりついている。髪は染め方がムラになっているし、かなり傷んでいる。姿勢の悪さや歩き方の汚さだって気になるし、あの一瞬だけでこうも目につくなんてね。

あの若い男だけが特別に醜かったというわけではなく、目に入る人々はあたしにとっては皆一様に醜かった。醜い人々が行き交う汚い町を歩きながら、何を食べるかを考える。 あたしは食べるものだって、醜いものは食べたくないの。醜いものが体内に入ってくるなんてそれはとても悍ましいから。

獣の肉はダメ。美しいと思えない。魚も同様。野菜だってほとんどの野菜はあたし好みの見た目ではないし……。 だからあたしは今日も果物を食べることにした。 果物は好き。キレイで、そしてとても良い匂いがするから。



いつも行くお店で果物を眺める。 今の時代は季節はずれのものや外国のものも売っていて、本当に色々な果物がならんでいる。南国の果物は、見た目があまり好きじゃない。あの強い芳香だって、南国特有のあの甘く強く香る感じはあまり品がいいとは思えない。

可愛い果物の代表とされる苺。苺が可愛くいられるのは、写真の中でだけ。実物はあまり可愛いものではない。写真の苺というのは選ばれた苺であり、さらに美しく見せるためにその写真は編集されている。店で売っている苺なんて見ても落胆しかおこらなかった。苺という果物は、ほかの果物よりも形が不揃いで、歪なものが多い。凹凸や先が二股になっているものも珍しくない。その形がなにか奇妙な生き物のように思えて、二股に分かれた先から分裂しやしないかと、あたしをゾッとさせた。

さらになんとはなしにパックを裏返してみれば、反対側が色付いていない。 そして、葉っぱの脇には枯れた花びらがまとわりついている。これは美しくない。花が終わったというのにいつまでも惨めったらしくしがみついているのは潔くないと思うの。

苺という果物を見つめれば見つめるほど、赤く柔らかな実に小さな種がびっしりとついて、さらにその種のひとつひとつから毛が生えているその様は何かの細胞のようで、それはどことなくグロテスクに感じた。苺という果物を、あたしは醜いと思う。

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