アザミミチナミダミチ

蝶になるということ、飛び立つということ-1

騒がしいチェーンの居酒屋。忘年会シーズンのためか店内はにぎわっていて、若い店員達が大声を出しながらところ狭しと店内を駆け回っていた。あたしの勤める会社も今日が忘年会で、だからあたしは今日この場所に座っていた。

「おいお前、なんか面白い事やれよぉ」

「は~い! 今からコイツがなんか面白い事してくれるそうでぇす!」

会社主催での飲み会、それも忘年会とはいっても、あたしの勤める仕事は入れ替わりの激しい底辺職でほとんどが若い人だし、ある程度勤めた人間達はすでになぁなぁの関係になっているような、そんな会社だから、職場の飲み会に学生みたいなノリを持ち出す輩がいるのも仕方が無いことなのかもしれない。

そして、飲み会ではいつもそう。あたしが笑われ役なんだ。笑わせているのならまだ良い。でも違う。あたしの場合、笑われている。可愛い子は良い。何か振られても、少し困った顔をして、首でも傾げさえすればそれで済むんだから。あたしだって、好きでこんな役をやっている訳じゃない。本当はあの娘みたいにしたい。けど、あたしがそれをしたら、この場の空気は凍りついてしまうだろう。

「はい! じゃあ、行きます」

だからあたしは、心の中で涙を流しながらも、顔はちょっと情けない感じのにやけ顔をして、全力で笑われに行く。

……みんな笑ってる。とりあえず良かった。あぁ、でも、突き刺さる笑いが痛い。だって、この笑いは、どう見ても嘲笑だもの。

「おい、ウケて良かったな。ま、それもこれも俺が散々いじってやって、振ってやったからだけどな」

あたしはいじってくれとも、振ってくれとも一度たりとも頼んでない。

「お前って本当おいしい役だよな。お前が笑い取れるのは、俺みたいなドSキャラのおかげなんだからよ。感謝しろよ?」

奴は意地の悪いにやけ面で続けた。何がドSキャラだ。お前はドSではなく単なるゲスだ。何がおいしい役なもんか。あたしは芸人ではない。普通の会社員だ。芸人なら、いじられればその間は中心になれるし、それが知名度や人気に繋がり、次の仕事に繋がり、お金に繋がる。でも、あたしが飲み会でいじられたからって、給料が増える訳でもない。ただ屈辱的なだけだ。こんなあたしにだって、女としてのプライドってものがある。

男なら、面白い三枚目キャラは無口で無愛想なイケメンよりもモテる場合も有るけれど、女の場合は違う。女は笑われてモテる事は無い。むしろ、男を遠ざける。女でおいしい役どころなのは、何か振られても可愛らしく首を傾げるポジションだろう。

――そう、あそこでカシスオレンジを持ってほんのりと頬を染めているあの娘みたいに。あたしはあの娘になりたい。あの娘のポジションに、このあたしが座りたい。

Return Next

Copyright © 2018 アザミミチナミダミチ

Template&Material @ 空蝉