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蝶になるということ、飛び立つということ-2

飲み会帰りの終電の中、あたしは考える。あの娘とあたし、何が違うんだろう?

……顔。やはり顔か。あたしはバッグの中を探る。その瞬間に、隣で寝ている真っ赤な顔をした肥ったおじさんが、フゴッという豚の鳴き声のような巨大ないびきをたてたから、あたしは肩をびくつかせた。あの豚の鳴き声みたいな音の後、急に静かになったおじさんの方に、あたしはおそるおそる顔を向ける。豚のような赤い顔、ベルトの上から覗く大きな腹、そして、左手の薬指には、結婚指輪がはまっていた。

少しするとまたいびきが始まったから、あたしは気を取り直してバッグからコンパクトを取り出した。コンパクトを開くと、薄汚れたパフとひび割れたファンデーションがあたしを出迎える。ファンデで曇った鏡の向こうには、疲れきった表情の、薄い顔の女がいた。薄い顔。それがあたしの顔の印象。付け睫に負けてしまう小さな目。低く丸い鼻。特に、鼻根部分の立体感は皆無で、ノーズシャドウが塗り絵のように浮き、丸い鼻先だけがちょこんと浮いていた。

確かに美人ではない。ばっちりとメイクをしても、華も出ないし、無理に華やかさを出そうとすれば顔と化粧がちぐはぐだ。でも。でも……。

パーツは確かにちょっと今ひとつだけど、パーツの配置バランスは黄金バランスと言われるバランスに近いと思うし、輪郭は小さめで卵型だって思うのは、自分を贔屓目に見ているからかしら……? パーツは今ひとつでも、配置バランスが美しいのなら、輪郭が美しいのなら、あたしには美の素質が有るって、そう思うのはいけない事?

あたしは改めて、鏡に粉の散ったコンパクトで、色々な角度から自分を眺めた。 今のあたしは美しくない。 けれど、あたしには美の素質が有る。今のあたしという存在は、きっと青虫なんだ。そう、きっと蝶になる青虫。蝶になりさえすれば、あたしは優雅に翔んでいられる。



アパートに帰りついたあたしは、靴を蹴飛ばすように脱ぎ、引き出しの奥から通帳を取り出した。あたしが蝶になるには金が要る。何かの為に……と、漠然と貯めてきた貯金だけど、もしかしたら、きっとこのためだったのかも。

……いや、本当は将来のための貯金だった。でも、貯金があっても笑われ役として生きていくのは嫌。貯金が無くたって、あの娘のポジションにつけるのなら、きっとその方が絶対幸せ。あたしはひとりで頷き、ネットで美容整形関連のサイトを見ていく。実は前々から興味はあった。けれど、あと一歩が踏み出せなかった。

でも、決めた。あたしは蝶へと進化する。

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