アザミミチナミダミチ

あたしを構成する約束というもの-1

あたしには結婚を約束した人がいる。それは遠い昔にした約束。だけど、大切な約束。 この約束があたしという存在を形作っていると言っても良いかもしれない。それくらい大切な約束。あたしにはこの約束が有るから、どんなに素敵な人に言い寄られたって断ってきた。 だってそれが婚約者としての務めでしょう? だからこそ、あたしは今日まで誰にも汚されずに育ってきたのに……。

明るい日差しの差し込むカフェで、彼は笑顔で隣にいるダークブラウンの髪をカジュアル路線ではなく、上品で大人路線のショートヘアにし、熟れた葡萄のような深く濃い紫色のワンピースを着た落ち着いた雰囲気の女性をあたしに紹介する。

彼の付き合っている女性。それは、あたしの人生で最大の衝撃だった。あたしは彼の事をずっと見てきたし、彼があたし以外の女性とも仲良くしているのは知っていたけど、それはあくまでも友人としてだと思っていたからこそ黙認していたのに、まさか付き合っているだなんて。

「はじめまして。よろしくね」

「……はじめまして」

彼女はあたしに優しい笑顔で接していたけれど、あたしは彼女に対してどうしても笑顔を作る事はできなくて、ゆるめに巻いた栗色の長い髪を指に巻きつけて下を向き、テーブルの上のカプチーノを見つめながらむすりと答えた。きっと、かなり不機嫌な表情だったと思う。彼女を見送った後、彼は険しい表情であたしを見る。

「なんだあの態度は?」

あたしは何も言わない。 結婚の約束をした女性の目の前に、恋人だと言って別の女性を連れて来て、それで愛想よくしろだなんて、一体どの口が言っているの? 彼の中では、あの約束は無かった事になっているのだろうか?一体何故?

あたしは潤んだ目で彼を睨みつけた後、体を翻して彼に背を向けた。

あたしにとって、他の何よりも悲しい現実。あの女があらわれさえしなければ、こんな事にはならなかったはずなのに。あたしはあの女を怨んだ。あの女があらわれたせいでこうなってしまったのなら、あの女さえいなくなれば、彼はきっと約束を思い出してくれる。 ……あの女に消えてもらおう。

あの女はあたしとも仲良くなりたいなんて言っていて、あたしを含めて三人で会おうとする。 無神経な女。……だけど、好都合だわ。

あたしと彼とあの女。三人で食事をしている時、愛想良く振る舞うあたしに、あの女は気分を良くしていた。 心を開いたと、そう思ってくれたかしら?それなら良いんだけど。

彼があの女を見送った後、あたしは寄る所があるからと言って彼と別れ、脇道を歩く。 しばらく脇道を歩いた後、交差点で広い道へ。あの女が歩いているのはこの道のはず。自然と早足になりながら、あの女を探す。いた。あの後ろ姿、あの女だ。あたしはそっと後をつける。もう少し。もう少し狭い道に入ったら……。



早朝、彼の携帯が鳴った。それはあの女が死んだという知らせだった。どうやらあの女はあの後帰り道に、通り魔に殺されたそうだ。人通りの少ない道で発見されたらしい。「らしい」なんて、あたしの言う言葉じゃないけどね。

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