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あたしを構成する約束というもの-2

これで彼はあたしとの約束を思い出してくれるはず。……そう思っていたのに、彼はただ、ただ、泣いて、彼女の死を悲しむばかり。きっと時間が解決する、そう思っていたけれど、彼はいつまで経っても泣いてばかり。 何故? あたしがいるじゃない……。

あの女はいなくなったのに、彼は約束を思い出してくれない。いつまでもいない女の事で悲しんで……約束さえ思い出せば、きっと彼も泣き止むし、あたし達、幸せになれるよね?

「ねぇ……」

泣き伏す彼に、あたしはそっと声をかける。

「……なんだよ。ほっといてくれ」

いつものあたしならここで引き下がるけれど、どうしてもあの約束を思い出してもらわないといけないから。今日は引き下がるわけにはいかない。

「約束、覚えてる?」

「約束?」

次の言葉を発する前に、あたしはゆっくりと呼吸を整えた。

「あたしがお嫁さんになるっていう約束」

「あぁ……それが?」

俯いたまま、なんてこと無いようにそう答える彼。あの約束、覚えていたんだ……。それなのに、どうして? 覚えているくせに、何であたしに対してそんな態度をとるの?

「ねぇ、もう泣くのはやめて。あたしが、あたしがいるじゃない……」

あたしのその言葉に、彼はゆっくりと頭を上げた。泣き腫らした目が、あたしの目を見つめる。

「おまえの事は大切だと思ってる。……けど、おまえとあいつは立場が違うだろう?」

「あたしじゃ……ダメなの? なんであたしじゃ、ダメなの……?」

目の前の彼が、涙でぼやけてゆく。彼は深呼吸をした後、静かな声でこう言った。

「おまえの事は大好きだよ。……だけど、それは妹としてだ。俺はおまえを妹としてしか見ていないし、兄妹で結婚なんかできないのはおまえも知ってるだろう?」

確かにあたし達は血の繋がった兄妹だけど……だけど約束したじゃない……。

「……それはそうだけど、でも、確かにあたし達は結婚の約束をした。それを無かった事にするって言うの?」

「小さい頃の話だろう?」

「でも、約束したんだよ? 約束を破っちゃいけないって、お兄ちゃん言ってたでしょう?」

「だから、それは……」

彼は、詰め寄るあたしに焦っているような、怯えているような、そんな表情であたしを見ていた。

――今日はこの辺にしておいてあげる。けど、次は……。だって約束は、破っちゃいけないものだもの。 あたしはただ黙ってその場を立ち去った。

約束を守らないのはいけない事。だから、約束を守らないのなら罰を与えなければいけない。守ってくれるにしても、今のままでは結婚できない。あたしは準備を整えて、ひとつをポケットにしまい込み、もうひとつはその手に持って、もう一度彼とあの話をしに行く。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ? あの話なら……」

彼はそこまで言うと、あたしの手の中に有るものを見て、息を飲んだ。これは、冗談や、ただの脅しなんかでは無いということは、あたしの目を見れば彼に伝わっていると思う。

「約束を守らないのは、いけない事だよね? あたしは誰にも汚されずに、ずっと待っていたんだよ?」

あたしは手に持ったそれを、ゆっくりと彼へ突き付ける。

「針千本、飲んでくれる?」

「あ、いや……」

あたしの方を見ながら、固まっている彼。

「飲めないの?」

あたしは更に彼に詰め寄る。

「……悪い冗談はよせ」

そう言いながらも、彼は青ざめた顔で、冷や汗を滴らせていた。

「冗談なんかじゃないって、お兄ちゃん解っているでしょう?さぁ、飲んで! 飲めないのなら、あたしと結婚して!」

目を見開き、魚のように口を動かす彼。しばらく声にならない声を出した後、やっとの事で言った言葉がこれだった。

「に、日本の法律、知ってるだろう……?」

今更そんな事を言う彼が、あたしには心底可笑しかった。あたしの顔、きっと今、笑ってる。彼には不気味な笑みに見えるのかしら? ポケットに手を入れ、ポケットの中でそれをしっかりと握りしめ、彼に言う。

「それもそうねぇ。……じゃあ、違う場所で一緒になりましょうか?」

ポケットの中で握りしめていたナイフを、彼に突き付けた。

「ま、待て……」

何を言っているの? あたしは十分に待ったじゃない。見開いて血走った目が、あたしを見ていた。あたしはナイフを振り下ろす。その度に鮮血が舞った。

お兄ちゃん、あたしもすぐ、そばに行くよ。向こうの世界で、一緒になろうね。だって、約束したから……。

-end-

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