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あたしの愛したガラスの瞳-3

「ただいま」

いつもより遅い時間にアパートに帰り、そう言いながら人形達を見渡す。いつも通りのはずの光景に、どこか違和感を覚えた。人形達は全員揃っているし、部屋に誰かが侵入したような形跡も、パッと見た限りでは無いように思える。まぁうちには人形以外盗られて困るものは無いし、人形達は全員揃っているのだから、気にしない事にした。

今日も人形の写真を撮るつもりだったけど、帰りがいつもより遅くなったし、人形の写真を撮るには、案外体力がいる。部屋にあるガラスの瞳の人形達は、リカちゃん人形なんかと比べると、かなり大きくてとても重いし、背景に気を使って、三脚を用意して、とやっていると、時間もかかる。残念だけど、撮影は明日にしよう。

今日は定時に仕事を終えたし、撮影できるかな。なんて事を考えながら歩いていると、昨日の青年が、昨日居た場所に立っていた。

「ここで待っていたら、また会えると思ったので待っていました」

はち切れんばかりに尻尾を振る子犬のような人懐っこい笑顔が目の前にある。

「もしお暇だったら、日本を案内してもらえませんか?」

今日は人形の撮影をするつもりだったけど、あたしの事待ってたみたいだし、そんな表情で言われたら、断れないな。

「良いですよ。どこか行きたい所はありますか? あまり遠くはダメですけど」

「お任せします」

凄く良い笑顔で青年は答える。正直、任されるのが一番困る。 この辺りは工場がいくつかと、その周りには工場の従業員寮に、そこから少し離れるとあたしの住んでいるような安アパートが列んでいて、その周辺にスーパーとコンビニと飲食店がいくつかあるような、そんな特に面白くは無い町な訳で。あたしは少し考えて、それから青年に提案した。

「……じゃあ、日本の食べ物でも食べますか? この辺にあるのはラーメン屋かうどん屋くらいですけど」

コンビニで大騒ぎしていたくらいだから、きっと喜ぶと思ったのだけど、彼は何故か困ったような表情になった。

「えっと、あの……ダメです。あの……えっと、うぅんと、そう! 宗教上の都合で!」

「……そうですか。じゃあ、どうしましょうね? とりあえずその辺歩きます?」

そうやってあたし達は目的も無く歩きだした。青年が食事を断った理由は、本当は違う理由なのかもしれないけど、青年が言ってる事を、あたしは信じようと思う。

目的も無く歩きだしたけれど、青年はあたしにとってはごく当たり前の風景に、いちいち驚いてあたしに質問を投げ掛ける。楽しんでいるみたいだから良かった。それにしても、青年は何故この町にいるのだろう? 仕事や留学なんかの長期滞在ならこの町の当たり前の風景にいちいち驚いたりはしないだろうし、観光ならこの町ではなく普通は観光地に行くと思う。

……ま、青年が何も言わないのなら、あたしも何も聞かないけどね。

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