あたしは青年の方を見るのをやめ、俯いた。
「この部屋を見て、何か気付きませんでしたか?」
きぬ擦れの音をたてながら話す青年の言葉に、居なくなった彼の顔が頭に過ぎる。しかし、何故青年がそんな事を?
「人形がひとつ足りないでしょう? その人形が僕なんです」
「……何を言っているの?」
確かに青年と彼はよく似ているけれど、青年は人間で、彼は人形なんだから。
「信じられないのは解ります。でも本当なんです」
あたしはただ自分の爪先を見つめるばかり。
「僕の躯を見てください」
きぬ擦れの音が止んで、青年は穏やかな口調でそう言った。 あたしはしばらく俯いたまま今何がおこっているのか考えた後、ゆっくりと頭を上げる。 目の前にあるのは、上半身があらわになった青年の躯。その白く滑らかな肌は、どう見ても人間の質感に見える。……なのに、その躯は人間のものではなかった。
青年の躯から目が離せないまま、あたしの口腔からは息のような声が漏れた。 男性にしては細めの首も、形の美しい鎖骨も、人間のものに見えるのに、少し視線をずらせば肩にははっきりとした繋ぎ目が、肘と手首には球状のものがはめ込まれている。 それは見慣れた人形の躯と同じ形状。顔や肌の質感はどう見ても人間なのに、形は人形だった。
あたしは息を飲みながら、恐る恐る青年の躯に指先で触れる。 人形の感触とは違う肉の軟らかさと体温。指先からは確かに人間を感じるのに、目の前に在るのは人形の躯。
「僕が、あの人形なんです」
あたしは何も言えず、ただ青年の人間とも人形とも言えない躯を見つめていた。
「僕、あなたの事が好きなんです」
あたしをまっすぐ見つめる青年の透き通った碧い瞳。 青年の躯に触れたまま、人差し指を立てた形で固まっていたあたしの手を、青年の両手が柔らかく包み込む。その指先があたしの手をゆっくり開いて、あたしの掌を自分の胸に押し当てた。
「僕は人形だけど、それでも僕の体は温かいでしょう?」
触れる面積が増えて、先程よりもはっきりと感じる体温。青年の躯は確かに温かい。 ……でも、胸に掌を当てているのに、鼓動は全く感じられなかった。
人間のようで、人間ではない。 生きているようで、生きていない。 青年は、彼なんだ。
「……僕はあなたを思う事でこの姿になれた。だから、人間にはなれないかもしれないけど、この先もっと人間に近付く事ならできると思うんです」
信じられないような現実。せつなげにあたしを見つめるガラスの瞳。
「だから……だから僕を、あなたの恋人にしてください」