アザミミチナミダミチ

木造平屋のアパートにて-10

彼の新作を一番に読んで添削するという関係の中で気付いたんだけど、彼ね、作家さんらしく神経質な性格ではあるんだけど、なんだかんだと可愛い一面もあったりとか、見た目は完全にメガネもやしなのに、作品へ向かうひたむきな姿が素敵に見えたりしてね……。まぁ、何と言うか、童話作家の彼と、一緒に暮らすようになったの。それもやっぱり、このアパートでね。

それからどのくらい経った時かしら? 世間ではお姫様みたいな格好の同じ髪型のアイドルが減ってきて、そのかわりに、かなりの大所帯のアイドル集団がブームになったぐらいの時期だったかしらね? 彼の作品が、ある賞をとったの。ヒットするというだけでなくて、とうとう賞までいただけるような童話作家の先生になったのよ。

狭いアパートの部屋で、ささやかだけど、二人でお祝いをしたわ。彼はお酒の飲めない人だったから、オレンジジュースで乾杯したっけね。あの時あたし、すごく幸せだった。



あたしはずっとこの幸せが続くもんだと思ってたんだけど、ある日あたしが仕事から帰ったら……部屋がね、広くなっているの。いえね、部屋の広さそのものは変わっていないんだけど、彼の荷物がすっかりなくなっていたせいで、狭いはずのあの部屋が、やたらと広く見えたのよね。

そして、小さなちゃぶ台の上に、手紙が置いてあったの。当時はパソコンよりワープロの時代で、それだって安いものではなかったから、ワープロは持っていなくて、彼の原稿は手書き原稿だったのよ。その手書き原稿の文字と同じ、見慣れた彼の字で書かれた、あたしに宛てた手紙がね、置いてあったの。内容は、こうだったわ。

「突然いなくなったりしてすまない。君の顔を見てしまったら僕の決心が崩れてしまいそうだったから。 君には不思議な力が有ると、僕はそう思う。 君の力によって助けられて来たからこそ、今の僕が有るのだと、僕はそう思う。 君が道筋を造ったから今の僕が有るのだと、僕はそう思う。 僕は君の力に甘えすぎていると、僕には思えてならない。 君が道を踏み固めてくれたから、僕はもう一人で歩くことができるだろう。 勝手かもしれないが、僕は一人で歩いてみたくなったんだ。 自分自身だけの力を試してみたいと、思ってしまったんだ。 僕自身が満足することができたら、きっと君を迎えに来るから。だからそれまで待っていてほしい。 最愛の君へ。身勝手な僕より」

それからね、彼から贈り物がひとつ、あったの。君だけに贈る物語、なんていう、気障な贈り物がね。あたしはそれを読みながら、わんわん泣いたっけね。

あたしと彼をモデルにしたであろう、ひねくれてて気難しい男の子と、気が強いけど世話焼きな女の子のお話だったわ。

彼は必ず戻ると手紙に書いていたけど、ミュージシャンの彼はそう言って戻ってはこなかったから、童話作家の彼も戻って来ないんじゃないかっていう不安に苛まれそうだったわ。そしてその不安を必死になって打ち消すの。きっと戻る、絶対に彼は帰ってくるってね。

Return Back Next

Copyright © 2018 アザミミチナミダミチ

Template&Material @ 空蝉