「ちょっと!」
あたしが怒鳴ったのは彼がみっつめのサンドイッチを口に入れた瞬間だったわ。口をもごもごさせながらくぐもった声で「あん?」なんて返事をしたのがまた勘に障ってねぇ。
「これ、あたしのサンドイッチなんだけど!」
あたしがそう言ったらね? 彼、眠たそうな眼をぱちぱちして、悪気無さそうな顔でこう言ったのよ。
「ん? あぁ、フツーだな。まずくはないけど特別うまくも……」
「味の感想なんか聞いてないわよ!」
あたしがそう怒鳴ったら、彼、不思議そうな顔で首を傾げてこう言うのよ。「じゃあ、ナニ?」って。この人さ、どっかおかしいんじゃないのかって思ったもんよ。
「これは、あたしのサンドイッチで、あたしが食べるために持ってきたの!」
そしたらしばらく間をおいて、返ってきた言葉がこれよ?
「あー。オレんじゃないんだ」
結局謝りもしないでさ、またさっき寝転がってた場所にもう一度寝転んだの。みっつも食べられちゃったからさぁ、結局あたしはお腹いっぱいにはならなかったのよね。
彼は小一時間昼寝をした後、むくりと起き上がって、また黙々とキャンバスと向き合っていたわ。あたしはそれを飽きもせず見ていたの。あの日彼は夕方まで絵を描いていて、やめたのは空が真っ赤に染まった頃だったんだけど、まだ日も高いというのに、彼は大きく伸びをした後、絵に使う道具を片付け始めたわ。あたしは少し気になって、彼にたずねたの。
「あの、今日はもう帰るんですか?」
あたしの問いに、彼はゆっくり振り返ると、半開きの目であたしを見ながら答えたわ。
「あー、大体描き終わったし、仕上げはへやん中でやるから」
彼は半開きの目のまま、確かにそう言ったわ。
「へ? じゃあもうここでは絵を描かないってこと?」
彼が描いているのは風景画。風景を描くためにここにいるのだから、次の絵を描くのは違う場所だという事よね。
「そーなるなー」
のんびりとした声で答える彼の目は相変わらず半開きで、一体どこを見てるんだか解らなかったわ。
「あぁ……なんか凄く残念。あなたの絵、凄く好きなのに。じゃあ来週ここに来たってあなたの絵は見られないのね?」
「そーゆーこと」
のんびりした声でそう答える彼の目はやっぱり半開きで、彼、眼瞼下垂なのかしら? なんて、まったく関係ない事をあたしに考えさせたもんよ。
「ねぇ? どこ行ったらあなたの絵、見られるの?」
「んー?」
たずねるあたしに対して、彼は癖毛のボサボサ頭をかきながら首をかしげるだけだったわ。
「別にあなた自身には興味ないですけど、あたし、あなたの絵は好きだからさ」
これは嘘偽りのないあたしの本心。あたし、本当に彼の絵が好きだったの。