アザミミチナミダミチ

木造平屋のアパートにて-14

「オレの絵が好き? あんた変わりもんだなー。そうだなぁ。オレ、色んなとこでふらふら絵ー描いてっからさぁー、もし見つけたら今まで描いた絵見せてやるよー」

彼の答えはこうだったわ。目は半開きのまま、でも口許は少し笑っていたわね。ただ、全然答えになっていないのよ。彼は答えた後、後ろを向いてさっさと歩いていっちゃうしね。

「あ、ねぇ! 名前! 名前だけ教えて!」

あたしが彼の背中に向かってこう叫ぶと、彼は振り返って本当にただ名前だけを教えてくれたわ。そして、またさっさと歩いて行っちゃったの。

名前は教えてもらったけど、この情報だけじゃあ何の手掛かりにもならないんだけどね。彼、プロの画家さんなのかもしれないし、今だったらさぁ、検索とかしたら何か解るかもしれないけどさ、パソコンも携帯電話も無い、インターネットなんか無い時代よ? そんな時代にはさ、名前程度じゃ何の手掛かりにもなんないのよ。

だからね、きっともうこれっきりなんだろうなって思ったわ。あの絵をもう一度見たかったし、彼の描いた他の絵も見たかったんだけどね。



それから数日経って、あたしが仕事から帰ると、今日もおじさんはアパートの前で夕日を眺めながらショートホープをくわえていたわ。

「嬢ちゃん、おかえり」

「ただいま。おじさん」

そのまま通り過ぎようと思ったんだけど、ふと思い立って、あたしは足を止めたわ。

「ねぇ、おじさん。画家さん……なのかは解らないんだけどさ、……知らない?」

「ん? なんだ突然……画家、絵描きか。よく聞こえなんだから、もう一度名前言ってくれ」

あたしはおじさんに向かってゆっくりはっきりと、一文字一文字確かめるように彼の名を言ったわ。

「ふぅん、聞き覚えあるような気がせんことも……」

「本当に!?」

おじさんの声はあまりしゃっきりとはしていなかったんだけど、あたしはおじさんの言葉に勢い良く反応したわ。

「おい、ちょ、まぁ待て嬢ちゃん。絵描きっつったか?」

おじさんは鼻息の荒いあたしをなだめるように確認したっけね。

「はい。プロの画家さんなのかはわかりませんが、その人は絵を描いていました」

「はぁん、で、そいつの外見の特徴なんかは覚えているか?」

「外見は……そうねぇ、髪はなんかボサボサッとした天然パーマで、背が高くてヒョロッと痩せてるんだけど、物凄い猫背だったわ。半開きの眠たそうな目をしていたわね」

あたしがあの人の外見の特徴を説明すると、おじさんは顎に手をあてて少し唸ったわ。それからこう言ったの。

「ふぅ……ん。あの絵描き坊主も確かそんなんだったな。名前も確か嬢ちゃんが言ったような名前だった気もするし、嬢ちゃんの探してる奴ぁ、そいつかもしんねぇなぁ」

あたしはおじさんのその言葉に、またも我を忘れて身を乗り出していたの。

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