「オレの絵が好き? あんた変わりもんだなー。そうだなぁ。オレ、色んなとこでふらふら絵ー描いてっからさぁー、もし見つけたら今まで描いた絵見せてやるよー」
彼の答えはこうだったわ。目は半開きのまま、でも口許は少し笑っていたわね。ただ、全然答えになっていないのよ。彼は答えた後、後ろを向いてさっさと歩いていっちゃうしね。
「あ、ねぇ! 名前! 名前だけ教えて!」
あたしが彼の背中に向かってこう叫ぶと、彼は振り返って本当にただ名前だけを教えてくれたわ。そして、またさっさと歩いて行っちゃったの。
名前は教えてもらったけど、この情報だけじゃあ何の手掛かりにもならないんだけどね。彼、プロの画家さんなのかもしれないし、今だったらさぁ、検索とかしたら何か解るかもしれないけどさ、パソコンも携帯電話も無い、インターネットなんか無い時代よ? そんな時代にはさ、名前程度じゃ何の手掛かりにもなんないのよ。
だからね、きっともうこれっきりなんだろうなって思ったわ。あの絵をもう一度見たかったし、彼の描いた他の絵も見たかったんだけどね。
それから数日経って、あたしが仕事から帰ると、今日もおじさんはアパートの前で夕日を眺めながらショートホープをくわえていたわ。
「嬢ちゃん、おかえり」
「ただいま。おじさん」
そのまま通り過ぎようと思ったんだけど、ふと思い立って、あたしは足を止めたわ。
「ねぇ、おじさん。画家さん……なのかは解らないんだけどさ、……知らない?」
「ん? なんだ突然……画家、絵描きか。よく聞こえなんだから、もう一度名前言ってくれ」
あたしはおじさんに向かってゆっくりはっきりと、一文字一文字確かめるように彼の名を言ったわ。
「ふぅん、聞き覚えあるような気がせんことも……」
「本当に!?」
おじさんの声はあまりしゃっきりとはしていなかったんだけど、あたしはおじさんの言葉に勢い良く反応したわ。
「おい、ちょ、まぁ待て嬢ちゃん。絵描きっつったか?」
おじさんは鼻息の荒いあたしをなだめるように確認したっけね。
「はい。プロの画家さんなのかはわかりませんが、その人は絵を描いていました」
「はぁん、で、そいつの外見の特徴なんかは覚えているか?」
「外見は……そうねぇ、髪はなんかボサボサッとした天然パーマで、背が高くてヒョロッと痩せてるんだけど、物凄い猫背だったわ。半開きの眠たそうな目をしていたわね」
あたしがあの人の外見の特徴を説明すると、おじさんは顎に手をあてて少し唸ったわ。それからこう言ったの。
「ふぅ……ん。あの絵描き坊主も確かそんなんだったな。名前も確か嬢ちゃんが言ったような名前だった気もするし、嬢ちゃんの探してる奴ぁ、そいつかもしんねぇなぁ」
あたしはおじさんのその言葉に、またも我を忘れて身を乗り出していたの。