アザミミチナミダミチ

木造平屋のアパートにて-17

「絵はほら、そのへんにあるからよー」

そう言って彼は床を指差したわ。少し埃っぽくて、あまり物が無いのに綺麗とは言えない部屋の、その床に、彼の作品達は無造作に散らばっていたの。その扱いの雑さに少し驚いたくらいよ。

「オレさぁー、かきおわった絵にはあんまり興味ねぇんだよなー」

そう言って彼は頭をかきむしったわ。あたしはそろそろ近付き、それらを眺めたの。床に落ちている絵たちは、この部屋の様子とも彼自身とも似つかわしくない繊細な美しさを放っていたわ。

失礼だけどさ、こんな人間からこの美しい絵が産み出されたなんて、実際に絵を描く姿を見ていたにも関わらず、信じられなかったくらいよ。あたしは夢中になって絵を眺めたわ。そして彼は、簡素なパイプベッドにぼんやりと座っていたわね。

「ねぇ、あんたって画家さんなの?」

絵を眺めながら、あたしは彼にたずねたわ。

「んー、たまーに買いたいってヤツがいるから、その時は売ったりすっけど、キホンはプー太郎だなぁ」

……だからお金が無いみたいね。売れない画家……というよりは、彼には積極的に売るという気持ちが無いらしいのよ。何しろ自分の描き終わった絵に興味が無いくらいだからさぁ。描くということ以外には興味が無いんだろうね。あたしはね、それが凄く勿体無いって思ったの。絵についてもあたしはド素人だけどね、彼は才能有る絵描きだと思ったからさぁ。きちんとやり方を考えればきっと立派な画家先生になるんじゃないかってね。

彼をプロデュースしてあげたい、なんて……ちょっと無茶かもしんないけどさ、そんな風に思っちゃったのよ。 とは言ってもねぇ、彼を立派な画家先生にするにはどうしたら良いものか……録に思いついてもいなかったんだけどねぇ。

「あんたさ、有名な画家にはなりたくない訳?」

それなのにあたしったらさぁ……。

「別に有名になる気はねぇよぉ~。ただ……」

「ただ?」

ぐしゃぐしゃの頭をかきむしりながら目線をそらした彼に、あたしは続きを促したわ。そしたらね、「ただ……返すアテのないツケがたまる一方じゃあ、そのうちどこもオレに酒をのましてくんなくなるだろなぁ~」って、この男ったらさぁ、結局酒の心配だった訳よ。

「ツケと言えばさぁ、さっきあたしが払ったアレ、あんたいつ返してくれるの?」

「そりゃまぁホラ、そのうち……」

そう言いながら、またあたしから顔を背けちゃってさぁ。

「あんたさっきさぁ、『返すアテのないツケ』なんて言ってたけどさぁ、あたしがさっき払ったアレもさぁ、返すアテ無い訳?」

「ないと言ったらないような……ある可能性もなきにしもあらずとも言えなくもないような……?」

適当なこと言ってるけどさぁ、要するにコレ……

「ないんでしょ」

あたしがはっきりそう言うと、でっかい背をかがめて、チリチリの天然パーマをかきむしってさぁ、「そうハッキリ言いなさんなってばぁ……」なんて、開いてるんだかわからない目をきょろきょろさせるのよ。だからかしら。本当、絵についてもド素人なのにさぁ、あたし、言っちゃったのよ。

「まぁ良いわ。出世払いにしといてあげる。そのかわりさぁ、あたしの言うとおりにしなよ。そしたらさ、あんたきっと、立派な画家先生になれるよ」

「あんたオレを立派な画家にするってぇー? ちょっ……くくくははははは」

まぁある意味当然と言えば当然、笑われちゃった訳よ。ヤツったらさぁ、最初は小さな笑い声だったのに、腹を抱えて喉ひきつらせて、その場にうずくまっちゃってさぁ。ひとしきり笑った後、あたしにこう言ったの。

「あんたおもしれぇわ。そんじゃあ、あんたにオレを画家先生にしてもらおうかねぇー」

「任せなさい! あんたきっと、未来の教科書かなんかに載ると思うよ」

なぁーんて言ったは良いけどさぁ、その時のあたしったら、その方法についてはこれっぽっちも考えていなかったのよね……。

Return Back Next

Copyright © 2018 アザミミチナミダミチ

Template&Material @ 空蝉