アザミミチナミダミチ

木造平屋のアパートにて-18

だからさぁ、後で必死に調べたもんよ。なんとなくさぁ、勝手な思い込みで、公募か何かに応募して、賞をもらったらあとは左団扇なんだと思ってたんだけどね、どうやら、画家になるっていうのは、絵で食っていくっていうのは……そんな簡単じゃあ、ないみたいね。

賞ってのはさ、一回とったらそれで終わりって訳じゃないらしいのよ。初めて何か賞を取った時はまだヒラ社員みたいなもんで、いくつも賞を取り続けて、そしたらやっと出世できるとかそんなもんらしいの。それにね、芸術の世界っていうのは、人脈の世界でもあるらしくてね。画壇に入るにも後見人が必要だったりするらしいのね。より有力な人に目をかけてもらえばそれだけ有利だとかね。

人脈って点では、やっぱ美大を出てる人の方がそりゃ芸術関係の人脈はしっかりしているでしょうしねぇ。 画廊で個展開くのにもお金かかるし、そんで必ず売れるとは限らないでしょう? あたしさぁ、画家ってのは気ままに絵を描いてさえいればそれで先生なんて言われるもんだと思ってたんだけど、全然違ったのよ。あたしったらさぁ、そういうの知りもしないで適当なこと言っちゃってさぁ……。

だからね、とりあえず、とりあえずよ? 何もしないよりは……と思ってね、彼の絵を公募に出したの。公募はいくつかあったから、それぞれに違う絵をね。そしたらね、そのうちのふたつが賞をとったの。

そしてそのふたつのうちの片方……それはとある画壇主催の公募だったんだけど、そこのね、お偉いさんとでも言うのかしら? 多分そんな感じの人が、彼に会いたがっているのよ。これはいわゆる、チャンスというヤツね。

ただね、彼の描く絵は本当に美しいけれど、彼、性格の方はちょっと難有りだと思うからね……。あたしにとった態度みたいな態度でそのお偉いさんに接して、失礼があっちゃいけないでしょう? だからね、予め色々と言っといたんだけど……あいつってばさ、あたしが何を言っても無駄だったみたいなの。



こちらから出向くのが礼儀だと思ったんだけど、そのお偉いさんは彼のアトリエと過去の作品が見たいって言うもんで、わざわざ彼のアパートまでいらしてくださったのよ。アトリエなんて言えるような場所じゃあないし、彼のアパートは埃っぽくて汚いからさ、あたしは躊躇したんだけど、それを決めるのは私じゃないからね。彼は「こんなところに来たがるなんてのはそいつは相当の暇人だなー」なぁんて言っていたわね。

「画壇のお偉いさんをお迎えするんならさ、ちょっとあんたの部屋は汚いと思うわ」

あたしのその言葉にも彼はどこ吹く風で、「なぁに、必要ねぇよー。そう思うんならあんたが掃除したらいい」なんて言う訳よ。だから、あたしは彼の部屋を勝手に掃除することにしたわ。幸い、彼は部屋に鍵をかける習慣なんてなかったしね。

あたしが部屋にはいつくばって雑巾をかけているっていうのに、彼ったらパイプベッドに所在なさげに座ってるだけでさ、終いには「うっとうしいなぁ」なんてこぼしてさ、一体あたしってば誰のために何のために掃除しているんだかわからなくなっちゃって、あの時は腹のたったものよ。



そしてとうとうお偉いさんをお迎えする日、あたしったら心配でいてもいられなくなっちゃってさ、結局、彼と一緒にそのお偉いさんをお迎えすることにしたの。お偉いさんが彼の部屋にやってきた時の彼の第一声はこれだったわ。

「おう、おっちゃん! こんなところまでわざわざ来るなんてなぁ。おっちゃんよっぽどの暇人だろー」

せっかくここまで来てくださった画壇のお偉いさんをさ、おっちゃん呼ばわりして、しかも暇人扱いするんだからさぁ。 「あぁきっと怒らせちゃった」と思ったんだけどさぁ、そのお偉いさんは大笑いして「気に入ったよ」なんて言っちゃって。でもまぁ、お偉いさんが彼を気に入ったこともあって、お偉いさんの紹介でそこの画壇に入ることが決まったの。

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