アザミミチナミダミチ

木造平屋のアパートにて-5

それでもあたしは週刊誌の記事なんてただのゴシップで嘘っぱちだと信じていたし、連絡が無いのは忙しいからなんだと自分に言い聞かせていたわ。でもね、しばらくたって、彼の結婚のニュースをテレビで見てしまったの。相手はかねてから熱愛の報じられていた、あのアイドルだったわ……。売れっ子になった彼は、おじさんの言うとおり、あたしを迎えには来なかったの。

沈んでいるあたしに、いつもの場所でショートホープをくわえながら、おじさんが話しかけてきたわ。

「嬢ちゃん、ニュース見たろう? 俺の言ったとおり、坊主は迎えに来なかったろう? これでわかっただろ。地元で見合いして、早く嫁に行け」

おじさんの言う事はもっともだと思う。食べていくだけで精一杯の仕事をいつまでも続けて婚期を逃すよりも、地元で見合いをしてお嫁に行く方が良いと、あたし自身も頭では解っていたわ。あたしがここに居続けるその理由である彼も他の女性と結婚してしまったし、もうあたしがここに居る理由はなくなったしね。

あたしはおじさんに適当な返事をして、彼のいなくなった自分の部屋で考えてみたわ。そういえば、お米をおくってくれた時に入っていた母からの手紙にも、見合いの事が書かれていたなぁなんて思い出して、引っ張り出して読んだりしてね。

「元気にしていますか? 仕事はうまくいっていますか? 仕事をがんばるのも良いけれど、家庭に入るのが女の幸せだと私は思います。あなたにお見合いの話がいくつか来ているので、一度こちらへもどってきなさい」

確かそんな内容だったはずよ。やっぱり地元で見合いをするべきだろう、と、頭の中では結論が出ていたんだけどね? 彼への未練なのかしら? あたしは何故だかアパートを離れられずにいたの。本当にバカみたいよねぇ、彼はあたしなんかよりも何倍も可愛いアイドルと結婚したって言うのにねぇ。



そんなこんなで彼がいなくなったあとも-アパートでの暮らしを続けて、ある日の銭湯帰りだったわ。季節は冬で、濡れた髪がひんやり冷たくて、髪から落ちる雫が肩まで冷たくするから、あたしは帰りを急いでいたの。あたしの住むアパートから一番近い銭湯は昔ながらの銭湯で、ドライヤーなんてものは置いてなかったからね。

それで……早足で歩いているとね、ドブの前に男の人が立っているのよ。今時は道の端に側溝があっても、ドブと言うには浅いし、きちんと蓋がされてるわよね? でも、当時は蓋のされていない深くて広いドブがそこら中にあったのよ。そのドブをずうっと見つめながら、ぼんやりと立っているの。ドブなんて見ても仕方がないのに、その男の人はずうっとドブを見ているのよ。

少し気になってその男の人を見ているとね、その男の人は履いていた靴をゆっくりと脱いで、それをきれいに揃えたの。そして、ゆっくりと前に足を踏み出そうとして、ためらって止め……。そう、きっと死のうとしているようだったの。

Return Back Next

Copyright © 2018 アザミミチナミダミチ

Template&Material @ 空蝉