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蝶になるということ、飛び立つということ-4

手術を終え、あたしはこれから蛹の時を過ごす。青虫は蛹の中で体の大部分を溶かしてしまう。それは危険な事で、その時期にはちょっとした衝撃で命を落としてしまう。だから、すべての青虫が蝶になれる訳ではない。 蝶になる事なく醜いまま死んでしまうかもしれない。けど、それでも青虫は蝶になる為、蛹の時間を過ごす。

美容整形……特に、目や鼻の手術は局所麻酔で行うから、命を落とすなんて事はまず無いけれど、だからといってリスクが無いという訳ではない。

美容整形は美に関する手術だからこそ、医師と患者でイメージの齟齬が生まれやすいし、だからこそ、患者にとっては二重になったから手術成功というわけではなく、イメージとの違いがその患者にとっての失敗……ということになる。無論、同じ病院で、同じ術式であれば無料で修正してもらえるけれど、「腫れが引けば、時間が経てば顔に馴染む」と、医師は大抵そう言うし、そうでなくても、失敗した病院で修正なんてする気がおきないのが人情というものだろう。それで何度も自腹で修正し、ダウンタイムで録に働けもしないのに借金をしてでもまた修正し、修正地獄に陥り、ノイローゼになり、挙句自殺してしまう。なぁんて話も有るそうだ。

ただ、私自身が思うのは良い医師にかかることも大切だけど、患者自身が自分の持っているイメージを的確に伝えることができないと、何度やってもうまくはいかないだろうということ。

また、美容整形には他の美容法とは比べ物にならない劇的な効果が有る。それはとても魅力的で、その魅力に取り付かれてしまう人間も少なからずいるらしい。もっと、もっとと求めて、やればやるだけ綺麗になれると信じ、大金を注ぎ込み、感覚が麻痺し、自分を見失い、何が美しいのかという基準すらも見失ってしまい、自らを化物へと改造していく。

なんて話も、ネット上にはごろごろ転がっている。本当の話かどうかは知らないけどね。

ただ、青虫が蛹になるという程では無いにしろ、美容整形には確実にリスクが有る。でも、それでもあたしは綺麗になるために、蛹の時間を過ごしている。蝶になったあたしは、もう笑われ役にはならない。ほんの少しだけ、蝶だと信じていたのに実は蛾だった。なんて事になるんじゃないかという恐怖も実は有るんだけれども。でも、きっと蝶になるのだと信じて……。



手術から一夜明けたあたしの顔は、なんとも酷いものだった。手術直後はさほど腫れも無く、縫い目が多少グロテスクといった程度だったが、一晩経つとどうだ。私の眼の真上には、巨大な紫色のナメクジが乗っている。鼻はガーゼみたいなのが貼り付けてあるからよくわからない。経過写真を公開しているブログ等を見ていたし、こうなる事はわかっていたけれど、ネットで見るのと自分がなるのとでは大違いだ。

ネットで見た経過写真では時間が経てばちゃんと巨大なナメクジはいなくなり、綺麗な二重になっていた。けど、本当にこの紫の巨大ナメクジはいなくなるんだろうか? ナメクジのせいで半目までしか開かなくなってしまった目は、ちゃんとぱっちり開くようになるんだろうか? ハムみたいなこの二重の食い込みは治るんだろうか? ナメクジみたいに腫れているせいでアイホールを占領せんかのようなこの二重幅、腫れがひいたらちゃんと打ち合わせどおりの幅になるんだろうか? 二重の縫い目は二重の線になるから、目を開けていればさほど目立たないはずだけど、目頭の縫い目は隠れる位置じゃないから、ちゃんと消えないと困る。 消えるんだろうか?

何もかもが不安で仕方ない。何度も何度も鏡を見てはため息をつき、経過ブログを見て大丈夫だと自分に言い聞かせる。でもまたついつい鏡を見てしまって、自分の悲惨な顔を見て憂鬱になる。とても外に出られる顔じゃないし、一日が物凄く長い。

一日が長くて何もすることなんてないというのに、家事なんてする気がおきなくて、ただひたすら鏡とネットを交互に見比べ続けた。深夜にお腹が空いたから、買い置きのカップラーメンを作って食べた。こんな様子で大丈夫なんだろうか? まだたった一日。蛹の時間は始まったばかり。長く苦しい蛹の時間に、あたしの心は耐えられそうにない。

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